二文書

理念と諸問題
—第一部 理念—

【自主法政祭の意義】
我々学生は法政大学において「自主法政祭」を開催している。法大生からなる自主法政祭実行委員会(以下実行委)は、主に学祭の運営・事務作業を行う。実行委は自主法政祭の基調を作成し、全学説明会において承認を得ることではじめて学祭の運営を認められる。それにより、正式に自主法政祭に向けて始動する。
自主法政祭では長年にわたって「自主」を掲げてきた。学生自らが運営することで、大学主催の祭にはない自由を獲得することが出来る。しかしながら、「自主」に対する意識・理解は確実に低下してきている。皆で学祭を創り上げることを全参加者の総意としながらも、「実行委が開催する祭に参加する」という意識を持つ参加者が多く見受けられる。全参加者の中で、実行委とその他参加団体は、果たす役割は異なるが対等な立場である。
それでは「自主」とは何か。これは一義的に論ずることは出来ず、時代・環境の変化によって、当初掲げていた「自主」と比べてその意味合いは多様化している。それ故に参加者は現代に即した「自主」というものを理解した上で後述する問題に関して考えていく必要がある。
現代の自主法政祭における「自主」とは、『学生自らが定めた理念・ルールに基づいて、全参加団体が、権利と責任をもって、主体的に活動すること』である。実行委は、全参加者に対し従うことを義務とした理念・ルールを定めるにあたって、学祭における諸問題を把握・検証すると共に、各団体の意見を聞くことが重要となる。この団体の中には参加団体だけでなく、大学側も含まれる。自主法政祭が法政大学で行われるものである以上、施設の管理者たる大学側と話し合い、意思疎通しておくことは学祭を実施する上で必要不可欠であるからだ。しかし、我々は大学側の一方的要求に対して必ずしも従うわけではない。
また団体の中には自分たちが意見を言っても何も意味がないと考える団体もいるかもしれない。しかし、それでは自ら「自主」であるが故の権利を捨てているに等しい。参加者が自主性を喪失し、客観的になりつつあることは、「自主」の理念を揺るがすものである。それらの問題を見過ごすことは、後の自主法政祭が衰退することに繋がる。だからこそ、我々は自主法政祭における最大限の自由を単なる自己満足に終わらせてはならない。そのため、何か意見・要望があれば一度相談してほしい。実行委は定期的に大学側との交渉の場を設けている。その意見・要望が実現可能なものであるならば、それをしっかりと議題として挙げていき、実現できるように全力を尽くす。
これらを踏まえた上で、参加団体は、自主法政祭だから認められること、負うべき責任というものを今一度考えてほしい。様々な問題を我々の手で乗り越えていくことで自主法政祭が成り立つのである。

【相互保障】
自主法政祭は参加団体・来場者・近隣住民等多くの方々の協⼒によって成り⽴っている。そのため、誰か一人の⾃分勝手な⾏動が多くの⼈に迷惑をかけてしまう。相互保障の理念とは「互いに思いやる⼼」である。この理念は、社会における一般的な理念であり、とりわけ自主法政祭においては守られるべき最重要規範の一つである。後述する自主法政祭が抱える問題の大部分は、この相互保障という意識の⽋如から⽣まれてくるものである。実⾏委を含めた参加団体・来場者・近隣住民、それぞれの間に確固たる信頼関係がなければ、この理念の体現は難しい。
相互に最⼤限の自由を得るためには、自分勝⼿な行動をとるのではなく、周囲に対して配慮をしなければならない。相互保障という意識の⽋如は自分たちの企画だけでなく、学祭そのものの存続すらも危うくする可能性がある。より良い学祭を創り上げるため、参加者全員がこの相互保障の理念を常に念頭に置き、どのようにして体現していくか考え、⾏動し続けなければならない。

【自主法政祭における全学性】
ここで述べる「自主法政祭における全学性」とは、市ヶ谷・多摩両キャンパス間における学生の交流を図り、その2つの学祭を併せて、自主法政祭とする理念である。
現在、法政大学には市ヶ谷・多摩・小金井の3キャンパスが存在しており、それぞれが学祭を開催している。全学性という理念が生まれた経緯は、1984年に大学側の一方的な決定によって市ヶ谷キャンパスにあった社会学部と経済学部が多摩キャンパスに移転させられたことに遡る。これは学生の反対の声を一切聞くことなく行われたものであり、多くの学生が学生活動の地理的分断を余儀なくされた。上記に述べた学生活動の分断が、自主法政祭における全学性という理念を生むことに繋がったのである。
また、実行委を含む全ての参加団体が共に学祭を創り上げるという意義に基づき、両キャンパスの学祭期間中は相互休講という措置が取られてきた。この相互休講によって、学生はどちらのキャンパスに通っていても両キャンパスの学祭への参加が保障されてきた。しかし、2007年授業時間の確保等を理由に相互休講は廃止された。そして、両キャンパスの学祭は2009年より新たな道を歩み始める。学祭時期の前倒しや学祭日数の短縮といった学祭を取り巻く状況の変化や時代の流れもあり、両キャンパスそれぞれの学祭の目指す方向性は変わりつつある。これらの環境変化に柔軟に対応し、またそれぞれのキャンパスの独自の色を出していくため、各キャンパスの規模に合った理念やルールを設け、別組織として両キャンパスの学祭を運営していくことになったのである。今後も学祭の活性化を目標に、実行委では両キャンパス間の連携を取り続け参加団体をサポートしていく。

【実行委員会】
自主法政祭は全法大生が加盟している「学友会」が主催する行事であり、実行委の構成員も学友会員だ。実行委は学祭の安全・円滑な運営のため、ルールを制定している。とはいえ、実行委も学祭を構成する一つの参加団体であり、参加団体とは対等な立場である。また、自主法政祭を創り上げたい、盛り上げたいという気持ちは他の参加団体と同じように持っている。しかし、実行委は学祭の運営者としての責務を負い、ルールを違反する全ての参加団体・来場者に対して注意を行う。これは自主法政祭に関わる全ての人の権利と安全を保障するためである。
近年、実行委と参加団体との信頼関係が揺らいでいるという現状があり、看過し難い問題が発生している。これは学祭を運営するにあたって、あってはならないことである。実行委はより良い信頼関係の構築を目指し、より一層参加団体の声を取り入れる努力をしていく。
また、今年度も第71回に引き続き、自主法政祭をより円滑に進め、充実化を図るため、各参加団体に協力を依頼する出向制度を設ける。実行委は各参加団体と共に、自主法政祭の成功に向けて邁進していく。

【差別問題と表現の自由】
世の中には多種多様な「差別」が存在するが、我々は日常的に「差別」というものを意識することは少ないと言える。特に、学祭という不特定多数の人間が集う場においては、参加団体が無意識のうちに他者を傷つける可能性が高いことを認識すべきである。無意識にせよ差別が起こることがあってはならないのだ。
ただ、「差別」を意識するあまりに、過度な自主規制を招く恐れもある。「自主」と「主体性」により成り立つ自主法政祭において、表現の自由は保障されるべきである。表現の自由を保障しつつ、差別を起こさないために必要なことが、企画を準備する段階での企画内容の精査である。その内容自体に差別性がないか、また、ビラ・ポスター・パンフレット原稿・SNS等にも差別表現が無いか確認すべきだ。学祭期間中にそれらの問題が発生した場合、事態が解決するまでの間、企画を中断しなければならなくなってしまう。このような事態を避けるためにも企画準備段階での精査が有効な方法といえるだろう。また仮にそのような問題が起きてしまったときには、自己による反省や当事者間で行われる検証だけでなく第三者による検証も大切である。特に差別や宗教等の問題は、双方の意見が対立してしまい、「文化発信」という学祭が持つ側面の一つから大きく逸れてしまうことがある。
準備期間・当日において最も有効な方法は「止揚」の考え方である。これは互いの意見をただ対立的に述べて否定し合うのではなく、それぞれのうち積極的な部分を持ち寄り、新たな考えを生み出すという方法である。この考え方を用い、第三者を交えた検証の場を用意することが「差別問題の解決」と「表現の自由」を両立できる方法であると考える。

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